【DQ7】12年ぶりのリメイク!最新グラで蘇る魅力|ゲームの扉 vol.1

こんにちは、にゃんぜりおんです!
先日、ついに『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』のリメイク作品、『ドラゴンクエストVII Reimagined』の発売日が発表されました!
2000年にエニックス(現スクウェア・エニックス)からプレイステーション用ソフトとして登場したドラゴンクエストⅦ。(以下DQ7)。
過去と現代が複雑に絡み合うストーリーと圧倒的なシナリオボリュームで、多くのファンを魅了した名作です。
2013年には3DS版が発売され、今回のリメイクはまさに12年ぶりとなります。
PS版で遊んだあの頃の記憶も、3DS版で遊んだ人の思い出も、すべて最新グラフィックで蘇ります。
私も中学生のときにPS版、社会人になってから3DS版・iOS版をがっつり楽しみました。
「久しぶりに遊んでみたい!」という方から「未プレイだけど気になる!」という方まで、DQ7の世界を紹介します!
『DQ7』ってどんなゲーム?
DQ7の特徴は、何と言ってもその圧倒的なボリュームのシナリオと複雑なストーリーです。
世界にたったひとつの島・エスタード島に住む主人公たちが、小さな好奇心から大冒険に巻き込まれていく展開は、子どもから大人まで多くの人が夢中になりました。
ゲームの中心となるのは、石版集めの旅。
各地に散らばった"ふしぎな石版"のかけらを集めることで、過去の世界を旅することができるというシステムです。
そしてその地での主人公たちの活躍によって封印が解かれ、現代に大陸が復活する…基本的にはこれを繰り返して物語は進んでいきます。
石版を集めながら冒険を進めていくシステムはシリーズとしては斬新でしたが、石版の取りこぼしがあって苦戦した人も多かったのではないでしょうか。
石版のピースが完成しないと次の世界へ行けないため、一度行った町をくまなく探したりしました。
転職システム
職業は人間職20種(基本職10種、上級職10種)のほか、モンスター職が34種あり、モンスター職に就くと見た目もモンスターになるのが面白かったですね。
個人的に印象的だったのは羊飼いが使う特技「どどうのひつじ」。
羊の大群を呼び寄せ、敵全体からランダムに4回単体攻撃を行います。
1/3の確率で失敗するものの、本作のラスボスである"オルゴデミーラ"や裏ボスの"神さま"にも有効。
3DS版では仕様が変更され弱くなってしまいましたが、PS版はひつじゲーと言っても過言ではないほど大活躍でした笑
移民の町
移民の町は、ダイアラックのエピソードをクリア後に出現。
各地にいる移民希望者を探し出して移民を集めていきます。
特にPS版では特定の種類の住民が増えることで特殊な町に発展するのが楽しかったですね~!
DQ3をプレイした人なら、商人の町を思い浮かべて懐かしさを感じるかもしれません。
モンスターパーク
戦闘でなつかせたモンスターを収容する施設で、ルーメンのエピソードをクリアすると出現します。
パーク内を動き回るモンスターたちがもーう可愛くて可愛くて…
モンスター好きな人なら絶対に嬉しいシステムだと思います!
他にもおなじみのモンスター図鑑やカジノなどがありますが、膨大なストーリーに加えてやり込み要素も充実しているDQ7は、クリアまで時間がかかる反面、やりがいと満足度も満点の作品でした。
魅力あふれるキャラクター

主人公をはじめ、冒険の旅で出会う仲間たちは、それぞれ背景や性格がしっかり描かれており、物語の進行とともに成長していく姿を見ることができます。
ここでは一緒に冒険をする仲間たちを、なるべくネタバレを伏せて紹介します!
主人公
腕利きの漁師・ボルカノとその妻マーレの一人息子。
漁村フィッシュベルに住む16歳の少年。
仲良しのキーファとよく謎の遺跡の探検している。
キーファ
グランエスタード国の王子で、主人公の親友。18歳。
好奇心旺盛で、よく城を抜け出しては主人公と探検している。
彼が見つけた謎の石版が冒険のきっかけとなる。
マリベル
フィッシュベルの網元・アミットの娘で、主人公の幼馴染。
気が強くわがままなお嬢様だが、時折優しい一面を見せることも。
ファンの間では"早すぎたツンデレ"とも。
ガボ
オオカミと一緒に行動する小柄な野生児。
封印された過去の世界で出会い、主人公と共に旅をすることに。
出生は謎に包まれているが、いつも元気いっぱい。
メルビン
かつて神と共に魔王と戦った伝説の英雄。
見た目は老人だが、伝説の名にふさわしい戦闘能力を持つ。
戦いの最中神によって封印され、現在の消息は不明。
アイラ
旅の民族・ユバール族の血を引く女戦士。
一族の踊り手としての期待を一身に背負うが、本人はいたってマイペース。
伝説のトゥーラ弾きを探すため、主人公の仲間に加わる。
壮大な冒険と、物語を彩るBGM

DQ7のストーリーは、過去と現代が複雑に絡み合う壮大な冒険が魅力。
ただ、子ども向けRPGにしてはめずらしく鬱展開やシリアスなエピソードが多いのも特徴です。
"DQ7=鬱ゲー"とよく言われるのは、その印象的で理不尽なストーリーが大きな理由です。
失われた過去を取り戻す旅の中で、村人たちの悲しくも切ないエピソードは涙なしにはプレイできません。
こうした重厚なストーリー展開は、プレイヤーに深い感動と没入感を与えます。
正直「こんな島復活させなきゃ良かった…」と思ってしまうほど後味の悪いエピソードも中にはありますが、現実というのはそんな理不尽にあふれているもの。
だからこそぜひ実際にプレイしてその目で見届けてみて欲しいです。
一方で、シリーズおなじみの明るくコミカルな場面や、仲間たちの楽しいやり取りも散りばめられており、シリアスさと軽快さのバランスが絶妙です。
また、故・すぎやまこういち氏によるBGMの魅力もDQ7の大きな特徴です。
通常戦闘曲の「血路を開け」はスマートフォン向けアプリなどでもBGMで使用されているため、聴いたことがある人も多いかもしれません。
これらの音楽は、序盤から終盤までプレイヤーの気持ちを盛り上げ、ストーリーの感動をより鮮明にしています。
私は元々ゲーム音楽が好きなのでどの曲にも思い入れがあるんですが、個人的には「トゥーラの舞」や「スフィンクス」が好きですね!
みなさんも好きな曲があればコメントで教えてくれると嬉しいです。
『ドラゴンクエストVII Reimagined』の最新情報

スクウェア・エニックスは、2025年9月12日に開催されたNintendo Directにて『ドラゴンクエストVII Reimagined』の発売日と対応プラットフォームを発表しました。
発売日と対応プラットフォーム
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発売日:2026年2月5日(木)
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対応機種:Nintendo Switch™、Nintendo Switch™ 2、PlayStation®5、Xbox Series X|S、Steam®、Microsoft Store on Windows
※Steam®版は2026年2月6日(金)発売予定
ストーリーやシステムを再構築
今回のリメイクではグラフィックの進化だけでなく、シナリオやシステム面などすべてを一から再構築(Reimagined)したそうです。
キャラクターはまるで人形のような温かみを感じるドールルックに、フィールドはジオラマのように再現されています。
シナリオは取捨選択をしたそうで、まだ詳しい情報はわかっていませんが、「一部のエピソードがなくなってしまうのでは」と心配の声もネット上には多くありました。
これについては私も気になる部分ではあります。
どのエピソードもDQ7に必要なピースであると思っているため、シナリオにどのように変更点があるのか、かなり大事な部分だと思います。
とはいえ職業のかけもちや闘技場など、追加要素もたくさんあるので楽しみに発売を待ちたいです。
▼ 最新情報はこちらでチェック!
時を超えて、再び冒険の世界へ——
『ドラゴンクエストVII Reimagined』では、あの頃の感動と石版集めの大冒険を最新グラフィックと共に12年ぶりに楽しめます。
PS版や3DS版で味わったあのワクワク感も、ドールルックで描かれた温かみのある世界で、まるで新しい冒険のように蘇ります。
長く愛されてきたシナリオ、個性的な仲間たち、そしてやり込み要素満載の世界。
初めて触れる方も、久しぶりに帰ってくる方も、思わず時間を忘れて冒険したくなることでしょう。
12年の時を超えて、再びエスタード島の冒険へ。
感動の物語をあなたの手でぜひ体験してみてください!
夏休み明けに訪れる"心の負担"。子どもたちの9月を考える
こんにちは、にゃんぜりおんです!
長かった夏休みが終わり、早いものでもう1週間が経ちました。
新学期が始まる9月は、心身ともに不調を訴える子どもが増えることが毎年ニュースで話題になりますよね。
学校に行きたくないと感じる、夜眠れない、些細なことでイライラする……子どもたちの心には様々なSOSのサインが表れます。
親として「どう向き合えばいいんだろう」と戸惑う親御さんも。
今回は、私が親として自身の経験を通して感じたことや、同じように悩む方と一緒に考えられるような向き合い方を、できるだけ身近な視点でまとめてみました。
いまこの時期に悩んでいる方へ、少しでも解決のヒントになれれば嬉しいです。
夏休み明けの“心の負担”とは

新学期が始まり、再び学校という日常に戻ると、子どもたちの心の中では様々な揺れが起こります。
いつもなら気にならないことにイライラしたり、なかなか眠れなかったり、些細な不安が心を重くすることもあります。
久しぶりの教室や友達との関わり、勉強へのプレッシャーは、気持ちの落ち着かない状態を生み出すことがあります。
こうした反応は、決してわがままや甘えではありません。
夏休み中は自由で楽しい時間が続きますが、いざ学校生活に戻ると、気持ちの切り替えが上手くいかず、子どもたちの心には戸惑いや不安が表れます。
長期休みで乱れた生活リズムや学校生活への緊張も要因のひとつですね。
親としては「どう対応すればいいのか」と悩むことも多いでしょう。
しかしまずは子どもが今感じている不安や辛さに寄り添い、「こういう反応も自然なこと」と現実を受け止めることが、親にとっても子どもにとっても、気持ちの負担を少しでも和らげる第一歩になります。
子どもの不安に寄り添う、日常でできること
子どもが学校へ行くことを渋ったら、とにかく無理にでも学校へ行かせようと焦ってしまう親御さん、正直多いと思います。
実は、かつての私がそうでした。
長男が中学生の時、ある理由から「学校に行きたくない」と渋った時期がありました。
私はその理由を“甘え”だと思い、保健室登校でもいいからと毎日送り出しました。
友人関係は良好で、いざ登校すれば授業も部活もしっかりこなして帰宅していましたが、今思うともっと寄り添うべきだったと後悔しています。
当時は突然突きつけられた問題に目の前が真っ暗になり、母親として味方にならなければならなかったのに、長男には辛い思いをさせてしまいました。
幸い長男は自分の力で立ち直ることができ、現在もマイペースながら素直で穏やかに育ってくれました。
ただ次男はまだ小さいので、二度と同じことを繰り返さないためにも、当時を振り返ることで同じように悩む親御さんに伝えたいのです。
気持ちが不安定なときに無理強いすると、かえって心の負担が増えてしまいます。
大人は自分の判断で(責任は伴いますが)仕事を辞めたり休んだりできるのに、子どもにとっては大人が認めてくれなければ逃げ場がないのです。
子どもが安心して気持ちを話せる時間や空間を意識的に作ること。
何気ない会話や一緒の時間を過ごす中で、「自分の気持ちを受け止めてもらえている」と感じることが、子どもにとって大きな支えになります。
日常生活において「失敗しても大丈夫」「勉強、一緒にやろうか」と本人のプレッシャーにならない声かけを心がけることも大切です。
「何が嫌なのか」、自分でも理由がわからないという子どもは多いです。
無理に気持ちを聞き出そうとせず、そっと寄り添って見守る姿勢を見せることで、子どもが少しずつ前向きに日常を取り戻す手助けになるのではないかと思います。
すぐにはうまくいかないかもしれませんが、向き合い方を意識するだけでも子どもが安心して過ごせる時間を増やすきっかけになるはずです。
担任や学校と連携してできること
子どもが学校に戻ることに不安を感じている時は、担任の先生やスクールカウンセラーと連携することで、子どもにとって安心できる環境を整えやすくなります。
例えば、朝の登校が難しい場合は登校ペースを相談したり、保健室やフリースペースを利用して少しずつ教室に慣れる方法をとることもできます。
休み時間の過ごし方や友達との関わり方も、学校側と話し合うことで子どもに負担の少ない方法を見つけられます。
学校に現状を共有することで、家庭と学校が同じ方向を向いて子どもをサポートすることができます。
担任の先生も学校での様子を気にして見てくれるようになり、何か少しでも変化があれば教えてもらえるので安心ですよ。
「家だけでは難しい」と感じる時、学校という第三者の存在は心強いです。
”登校できない”ということを恥ずかしいことと思わず、周りと協力していくことが大切です。
実際、当事者になると冷静な判断が難しいことも多いですが、家庭だけで抱え込まないことが、子どもにとっても親にとっても安心に繋がります。
9月、子どもの気持ちに寄り添うために

新学期が始まる前に、文部科学大臣および各都道府県知事から、全国の学生と保護者に向けてメッセージが出されました。
内容としては、夏休み明けの子どもたちの不安に寄り添い、家庭・学校・地域で支えるよう呼びかけるもので、相談窓口の案内も記載されていました。
それだけ、子どもの自殺増加が国としても深刻な問題になっているということの表れだと思います。
学校生活が再開すると、子どもたちは大きな変化に戸惑うことがあります。
親としては「どうしよう…」と焦ってしまうこともありますよね。
でもまずは子どもが安心できる環境を用意すること。
それだけでも、気持ちの負担はずいぶん軽くなるものです。
日々のちょっとした声かけや一緒に過ごす時間の確保、学校との連携など、日々の小さな積み重ねが、子どもにとっての“居場所”を支える力になります。
一度に全てを完璧にしようとせず、少しずつ状況を整えていくだけでも十分です。
親も子も、一歩ずつ着実に歩むことで、9月の不安定な時期を少しでも穏やかに過ごせるようになります。
親子で少しずつ歩みながら、安心できる時間を増やしていけたらいいですね。
炎上回避の裏側|SNS時代、言葉ひとつで変わる評価
こんにちは、にゃんぜりおんです!
みなさんは、日々どのようにSNSに触れていますか?
最近では、SNSでちょっとつぶやいた言葉が思わぬ炎上につながる――なんてことが、よくニュースでも取り上げられますよね。
ちょっとした言い回しや表現の違いで、「いいね!」がつく場合もあれば、批判が集まる場合もあったり。
芸能人やインフルエンサーだけじゃなく、私たち一般人も、知らず知らずのうちに言葉に気を遣うことが増えたように思います。
今回は、SNS時代における炎上を避ける言葉の選び方について、事例を交えながらちょっと考えてみたいと思います。
ニュースで見る言葉の工夫と炎上回避

直近のニュースを例に挙げると、YouTuberのはじめしゃちょーの結婚発表。(おめでとうございます!👏)
はじめしゃちょーは結婚発表の動画をアップしていますが、そこで「奥さんは一般人です」という説明がありました。
私個人としては大して気にならない発言なんですが、はじめしゃちょーは動画の中でこの説明について「インフルエンサーや芸能人ではない、表に顔を出す仕事をしていない人」という補足をしています。
この表現の裏には、背景に少し事情があるように思います。
昨年、同じYouTuberであるヒカキンの結婚発表でも「奥さんは一般人」という表現が使われました。
この結婚発表はネットニュースでも取り上げられましたが、SNSやニュースサイトのコメント欄で「YouTuberも一般人だろ」とのツッコミが入りました。
私の個人的な感覚ですが、YouTuberは「芸能人」ではないけれど、「自らの配信活動によってお金を稼いでいる人」という認識です。
登録者数が100万人を超えるチャンネルは、調べてみると全体の0.02%だそうです。
逆に登録者数1000人未満のチャンネルが多くを占めている現状を考えると、「YouTuberは一般人」という世間の認識も一理あります。
ただヒカキンやはじめしゃちょーのように登録者数1000万人を超えるような人は、「芸能人」ではないにしてもいわゆる「一般人」とも違う括りになるのではないかなと思います。
憶測ではありますが、はじめしゃちょーはこのような世間のYouTuberに対する認識を意識して、今回のような補足をしたのではないでしょうか。
残念ながら、動画を見ずにネットニュースだけを読んだ人からは同様のツッコミがあったようです。
それでもこの一言の補足には、炎上を避けたいという意図が込められていると考えられます。
言葉の選び方ひとつで批判を避けたり、誤解を防いだりできる――SNS時代ならではの防衛策といえますね。
気づかず炎上?SNS時代の発信リスク

SNSでは誰もが気軽に発信できますが、その反面、思わぬ炎上に巻き込まれることもあります。
では、なぜ炎上してしまう人がいるのでしょうか。
一つは、深く考えずに発言してしまうケースです。
何気なく発した言葉が、意図せず他人を傷つけたり、誤解を生んだりすることがあります。
いろいろな事情を抱える人がいるSNS上で、“さまざまな立場に立って考えてみる”ということを無意識にスルーしてしまった結果、炎上してしまう…そんな人は少なくありません。
逆に、注目を浴びたい、反応をもらいたいと考えて、あえて刺激的な発言をする場合もあります。
「炎上系」「迷惑系」と呼ばれる人たちがこれに当たりますね。
ただし、一歩間違えれば大きなトラブルや社会的批判を招くこともあります。
炎上を意図していても、思わぬ形で批判が過熱したり、法的な問題に発展したりするリスクがあるのです。
さらに、匿名性の高さも炎上を助長します。
ネット上では相手の反応が直接見えないため、自分の発言の影響範囲を軽く見積もりがちになり、知らず知らずリスクを高めてしまうのです。
「どうせ自分の発言なんて大して誰も見てないだろう」と軽く考えている人は案外多いように思います。
こうしてみると、炎上には「考えなしの発言」「承認欲求」「匿名性」という3つの要素が絡み合っていることが多いです。
SNSでは、発言する側の意図だけでなく、それを受け取る側や拡散の仕組みによっても炎上が起きやすい環境に繋がっているのが現状です。
誰もが炎上しやすいSNS時代
今や炎上のリスクは、芸能人やインフルエンサーだけでなく一般人にもおよぶ時代です。
SNSが日常化した現代、ちょっとした言葉の選び方や表現の仕方が、思わぬ批判や拡散の原因になりやすくなっています。
匿名性の高さやリアルタイムでの反応、バズを狙った投稿の増加など、環境そのものが「炎上しやすい状況」を作っているのです。
こうした中で、発言を補足したり、言葉を慎重に選ぶことは、炎上を避けるための合理的な防衛策といえます。
ただその反面、あまりに慎重になりすぎた結果、本音を伝える自由や豊かなコミュニケーションが失われる可能性もあります。
炎上を避けるために言葉を選ぶのか、本音をそのままぶつけるのか。
SNSで発信をする際、読み手や環境、タイミングなどをちょっと意識するだけでも、「この言い方は誤解されやすいかも」「炎上しそうなポイントがあるかも」と、自分の発言を客観的に考えられるようになりますよ。
私も気を付けているつもりですが、SNSの難しさを日々感じています。
みなさんは、ついうっかり発信してしまうことはありませんか?
ほんの少し立ち止まって言葉を選ぶだけで、思わぬ誤解や炎上を避けられることもある――そんな小さな意識の積み重ねが、SNSを安心して楽しめる世界にできるのかもしれません。
ガラケーと歩いた青春時代|平成レトロ散歩 vol.1
こんにちは、にゃんぜりおんです!
スマートフォンが当たり前になった今、私たちの生活は大きく変わりました。
電話やメールはもちろん、電子マネーでの支払い、音楽プレーヤーとしての活用、さらには写真や動画の撮影まで──。
“携帯電話”はただの連絡手段から、生活に欠かせない万能ツールへと進化し、日常をぐっと便利にしてくれています。
けれど、ほんの十数年前までは「ガラケー」が主役でした。
折りたたみ式携帯特有のパカパカ、お気に入りのストラップ、着メロ、赤外線通信…
平成、特に2000年代を象徴するアイテムのひとつ、ガラケーには、今のスマホにはない独特の魅力と文化がありました。
今回は、ガラケー全盛期に青春時代を過ごした私が、【平成レトロ散歩】の第1弾として、そんな「ガラケーの思い出」を振り返ってみたいと思います。
青春を彩ったガラケー全盛期

1995年頃の日本での携帯電話の普及率はわずか3.5%でした。
大きな転機のひとつとなったのは、2000年に当時のJ-PHONE(現在のSoftBank)から発売された『J-SH04』という機種です。
現在のカメラ付き携帯電話のルーツでもあります。
発売当時、"撮影した写真をメールに添付して送信することができる"という機能は画期的で、「写メール」という言葉も生み出しました。
私は初めて持った携帯が他ならぬJ-SH04でしたが、現代のスマホで撮った写真の画質を粗くしてさらにぼかし加工を加えたような、今では考えられない画質だったと記憶しています。
でも当時はそれを「最先端✨」と言って友達と写メりまくってたんですもんね~
技術の進歩って本当にすごい!
メールはもちろん、赤外線でのアドレス交換や写真のやり取りも大流行。
当初単音だった着メロも2005年に128和音対応まで進化、2002年には「レコ直♪」による着うたの配信も始まりました。
学校や放課後のコミュニケーションの中心は、まさにガラケー。
友達同士のメールのやり取りも、現在のLINEのようなチャット形式ではないので、一通一通丁寧にメッセージを送っていたように思います。
新しいメールが届いていないか、何度もセンター問合せをしたことも良い思い出です。
2000年代は単なるガラケーの時代ではなく、青春の日常や文化を彩った象徴でもありました。
ガラケー文化が生んだもの
ガラケー全盛期には、単なる"連絡手段"を超えて、様々な文化が生まれました。
まずは先にも触れた 「写メール」。
新しいコミュニケーションの形として、友達との距離を縮め、思い出をそのまま共有できると大流行しました。
それから「デコメ」も忘れられません。
メールに絵文字や背景をつけて、可愛く自分らしさを表現できました。
文字だけのシンプルなメールとは違って、手の込んだデコメが届くと、ちょっぴりハッピーな気持ちになれたんですよね。
"デコ"といえば、平成ギャルたちの間で「デコ電」も流行りましたね。
ラインストーンでキラキラにデコったガラケーは彼女たちのステータスでした。
そして一番はなんといっても「ストラップ」!
ガラケーには現在でいう"スマホケース"のようなものはありませんでした。
なので、お気に入りのキャラクターやキラキラのチャームをつけて、自分だけのガラケーにカスタマイズするのが定番に。
中にはもうどっちが本体なのか分からないくらいジャラジャラと大量にストラップをぶら下げているギャルもいました。
ちなみに私は機能性重視派で、せいぜいプリクラを背面に貼ってた程度でした笑
友達のキラキラガラケーを見ると「すごいな~」と感心したものです。
ガラケーとスマホ、何が変わった?

ガラケーとスマホを比べると、使い勝手や文化にかなりの違いを感じます。
まず、当時は"パケット代"が鬼門。
特に定額プランがなかった時代は、メールや写真を送るだけでも通信料が気になって、毎月の携帯代に怯えていました笑
今のようにSNSで気軽に写真をアップしたり、動画を送り合ったりする感覚とは全然違いましたね。
思いがけずパケット代が跳ね上がって、学生の頃親にこっぴどく叱られた…という方も少なくないのでは?
赤外線通信はほとんど姿を消しましたが、デコ電はスマホケースをデコって自分仕様にカスタマイズする、という形で今も残っています。
ガラケーで盛り上がった絵文字やデコメも、今のLINEスタンプやトーク背景に受け継がれています。
当時の「かわいく見せたい!」「個性を出したい!」という気持ちは、令和になった現在も、私たちのコミュニケーションの中に息づいてるんですよね。
そして大きく変わったところでいうと、やっぱりSNS。
2000年代に流行っていたSNSといえば、mixiやGREE、モバゲーなど。
つぶやき機能もありましたが、日記やコミュニティでの交流がメインだったように思います。
私も2007~9年頃はmixiで長男の育児日記をよく綴っていました。
2008年にTwitter(現在のX)が日本でローカライズされたのを皮切りに、FacebookやInstagram、LINEなどのアプリも続々登場。
これらのSNSはmixiなどのパソコン主体のSNSに比べてスマホとの相性が良く、より気軽にコミュニケーションがとれる点で現在では多くの人にとって欠かせないツールとなりました。
令和から見たガラケーの魅力
スマホが当たり前の生活を送っていると、ガラケーの魅力ってちょっと忘れがちですよね。
振り返ると、ガラケーにはスマホにはないシンプルさと温かみがありました。
SNSがなくても、友達と写メールを送り合ったり、お気に入りのストラップを見せ合ったりするだけで楽しかった青春時代。
パケット代や通信制限を意識していた時代だからこそ、メール1通1通や写真1枚にも思いやりや丁寧さがありました。
"既読"や"未読"がわからないが故に返事が来るまでドキドキしたり。
「気軽に送る」「とりあえず共有する」が当たり前になった今とは違う、相手との距離感がそこにはあったと思います。
令和の今だからこそ、平成を生きた世代にとってガラケー時代の文化や楽しさは懐かしく、そしてZ世代には新鮮に感じられるんですよね。
先日、ドラマ『14才の母』の記事を上げましたが、2000年代のドラマを今観るとガラケーが頻繁に登場して嬉しい気持ちになります。
「あの頃はこうだったな〜」と笑いながら思い出せる、平成レトロな魅力が詰まったアイテム、ガラケー。
当時を知る世代も、令和の若い世代も、それぞれの形で楽しめるのがガラケーのすごいところだと思います。
今でも手元にあったら、きっとつい開いちゃいますよね笑
皆さんはガラケー時代の思い出はありますか?
ドラマ『14才の母』を初めて観て──あらためて感じた、命の重み
こんにちは、にゃんぜりおんです!
8月も残すところあと1日。早いですね~
私は子どもの夏休みに合わせて長期でお休みをいただいているんですが、このお休み中に時間を見つけてドラマや映画なんかをちらほら観ていました。
基本的に古めの作品を観るのが好きなんですが、最近観たドラマで個人的にとても印象に残った作品があります。
「14才の妊娠・出産」というテーマを扱ったこのドラマ、当時かなり話題になっていたことを覚えています。
私は放送当時ちょうど長男の妊娠中でドラマをゆっくり観る余裕がなかったのですが、先日たまたま動画配信サービスの「2000年代ドラマ特集」でこのタイトルを見かけたのが視聴するきっかけとなりました。
今回はこのドラマを通して、あらためて命の重みについて考えていきたいと思います。
(※この記事は一部作品のネタバレを含みます。)
『14才の母』ってどんなドラマ?

『14才の母 』は、2006年10月~12月にかけて放送された、日本テレビ系列の水曜ドラマ。
主演は志田未来、主題歌はMr.Childrenの「しるし」です。
どんなストーリーかというと──
私立の名門女子中学校に通う一ノ瀬未希(志田未来)は、放送部に所属し、夢はラジオDJ。
両親と小学生の弟と暮らすごくごく普通の女の子です。
しかしある出来事をきっかけに、お互い好意を持っていた同じ塾に通う桐野智志(三浦春馬)と関係を持ち、未希は妊娠してしまいます。
智志は当初、未希の妊娠に対して後ろ向きな反応を見せ、母親の静香(室井滋)に言われるがまま海外留学しようとしますが、良心の呵責から直前で引き返します。
「14歳で母になる」という現実は、家族や学校、そして社会からの厳しい反発を招きます。
父・忠彦(生瀬勝久)と母・加奈子(田中美佐子)は娘を守ろうと葛藤し、智志自身も責任の重さに押しつぶされそうになりながら成長していきます。
未希は周囲から孤立しますが、「この命を守りたい」という強い意志を貫きます。
周囲からの冷たい視線や偏見に晒されながらも、母としての覚悟を深めていきました。
未希は予定より1か月も早く陣痛を迎え、未熟児で小さな女の子を出産しました。
名前は「そら」。未希が智志と見る空がとてもきれいだったことが由来です。
未希と智志は、家族に「2年経って智志が18歳になったら結婚したい」と伝えます。
忠彦と加奈子は「今は働くことより学校へ行くことを考えろ」と説得し、静香は「バカバカしい」と一蹴します。
ですが二人の意志は固く、未希はしっかりと自分の気持ちを伝えます。
静香は 「3人で幸せな人生を送れるまで子どもには会わない。悔しかったらいつか私に「おめでとう」と言わせるのね。」と最後には交際を認めて去っていきました。
未希は「母」として新しい一歩を踏み出し、未来への小さな希望を感じさせながら幕を閉じます。
物語中、未希の入院や週刊誌の報道、静香の会社の業績悪化など多くの出来事がありますが、ざっくりとしたあらすじはこんな感じです。
当時の反響と社会的インパクト
中学生の妊娠といえば、古い作品だと1979年の『3年B組金八先生』第1シリーズで「15歳の妊娠・出産」が描かれました。
これも当時話題になりましたが、あくまでドラマの中のエピソードのひとつ。
翌年の1980年には『愛のA・B・C・D』というドラマが放送され、「中学生の妊娠」をテーマにした連続ドラマの先駆けとなりました。
それから26年が経ち放送された『14才の母』も、同じく中学生の妊娠というセンシティブなテーマを真正面から描き、ドラマ全編を通して主人公の葛藤や家族・社会との関わりを深く掘り下げました。
『14才の母』放送当時、放送倫理・番組向上機構(BPO)には多くの意見が寄せられました。
"若い世代の性に対する認識の薄さ"を危惧する声や「低年齢での出産を美化している」などの否定的な意見、一方で「命の大切さを家族で考えるきっかけとなった」という肯定的な意見まで、放送後は大きな反響を呼びました。
2006年度日本PTA全国協議会の「子供に見せたくない番組」ランキングでは2位に選ばれています。
良くも悪くも大きな話題となったこのドラマは、視聴率好調に伴って全10話の予定が1話追加され全11話となりました。
"母"という立場で観る『14才の母』
冒頭でも伝えましたが、私は今回初めてこのドラマを視聴しました。
放送当時は妊娠中でしたが、現在は2人の息子の母親です。
母親の視点でこのドラマを観ると、未希の心情だけでなく、家族や周囲の反応の一つひとつがリアルに胸に響きます。
14才という若さで母親になる決断をした未希。
両親や周りの環境に恵まれ、愛情をまっすぐに受けて育ったからこそ「産みたい」という気持ちを強く持ったのだろうと思います。
中学生で妊娠・出産を経験する未希に、家族や周囲の人たちがどう向き合うのか、偏見や冷たい視線にどう立ち向かうのか――その描写には心を打たれました。
対する智志の母親である静香もまた、歪んではいますが一貫して息子のことを第一に考えているからこその対応でした。
これは自分がどんな立場で観るかによってかなり意見が分かれるところだと思います。
自身がシングルマザーとして必死に智志を育ててきたからこそ、突きつけられた現実に目を背けたくもなるし、世間の冷たさや厳しさを痛いほどわかっている静香にとって未希は"世間知らずのお嬢ちゃん"に見えたことでしょう。
静香は一般的には"毒親"とされるような描写が多かったですが、自殺未遂をした際もお金のことで智志に迷惑がかからないようにと、最後まで息子のことばかり考えていました。
私にも息子がいるので、ちょっと静香の気持ちがわかるんですよね。
「命の重み」や「親の責任」「子どもを取り巻く環境」といったテーマは、放送から20年近く経った今でも、十分に考えさせられる内容です。
リアルな家族の描写や感情のぶつかり合いを見ていると、つい「自分ならどうするだろう」と考えずにはいられません。
実際に低年齢で出産した女の子は少なからず世の中に存在します。
「14才の妊娠」は非現実で想像もつかないように感じますが、このドラマに起こったことは必ずしも他人事ではなく、誰にでも起こり得る出来事なのです。
母として、そしてひとりの人間として

現代の中高生は多くの情報に触れる機会があります。
昔の10代に比べると随分大人びているなーという印象を持つ親御さんも少なくないですよね。
小学生で初めての男女交際をする子も増えてきています。
一種の危うさとともに、あらためて"性教育"や"命の教育"の大切さを考えさせられます。
自分にとってはまだまだ子どもでも、人格のある一人の人間。
「14才の妊娠・出産」という表面上のテーマだけを汲み取らず、これをきっかけに親が子どもにどう命の重みを伝えていくかが大切なのではないでしょうか。
母になった今だからこそ感じることも多く、未希や智志はもちろん、家族の葛藤に共感しながら観ることができました。
ドラマとしての衝撃だけでなく、心に残るメッセージもたくさん詰まっている作品です。
観たことがない方も、ぜひ機会があればチェックしてみてくださいね。
オタクは誇れる趣味!"推し活"が文化になったワケ
こんにちは、にゃんぜりおんです!
みなさんは”オタク”という言葉からどんな印象を受けますか?
一昔前は「オタク=暗い・非モテ・ダサい」など、ネガティブなイメージや偏見を持つ人も少なくなかったのではないでしょうか。
アイドルやアニメのキャラクターだけでなく、今やスポーツ選手や俳優、さらにはVtuberやご当地キャラまで——。
「オタク」と呼ばれ、一部のディープな人たちが楽しんでいるとされていた趣味が、いまは「推し活」として堂々と語られるようになりました。
なぜここまで“オタク文化”のイメージは変わったのか?
そして「推し活」がここまで一般化した背景には、どんな社会の変化があったのでしょうか。
今回は、そんな「推し活ブーム」について私の視点で掘り下げていきたいと思います!
黒歴史から市民権へ…オタク文化の歩み
かつて「オタク」という言葉は、今とはまったく違うニュアンスで使われていました。
当時を知る人にはピンと来ると思うのですが…
1988年~1989年にかけて発生した宮崎勤事件。この事件の影響で、「オタク=危険な人物」という偏見が社会に広がりました。
アニメやマンガを趣味とする人々は、暗くて近寄りがたい存在として一括りにされ、強い偏見に晒されていたのです。
2000年代に入ると、秋葉原を中心としたサブカル文化が注目を浴び始めます。
コミケや同人活動が一般に知られるようになり、テレビでも「秋葉系」という言葉が登場しました。
2004年にネット掲示板から投稿された体験談が「電車男」として書籍・映画・ドラマ化され、話題を呼びましたね。
ただこの時点でもまだ「ちょっと変わった趣味」程度の扱いで、必ずしもポジティブなイメージではなかったように思います。
転機となったのは2010年代以降。
SNSの普及によって、同じ趣味を持つ人同士がつながりやすくなり、「オタク=孤独」ではなく「オタク=仲間がいる」というイメージが広がっていきました。
さらに推しのジャンルも拡大し、今では「推し活」として堂々と楽しめる文化へと変化しています。
こうしてオタクは“変わった存在”ではなく、“自分の好きなものを持っている人”として社会に受け入れられる存在に。
ネット時代が生んだ「新しい推し文化」

先に挙げた通り、2010年代以降に推し活が広く一般化した背景には、SNSの普及とジャンルの多様化があります。
まずSNSについて。
XやInstagram、TikTokなどで自分の推しを気軽に発信できるようになり、ハッシュタグなどを利用して同じ趣味を持つ人同士が簡単に繋がりを持てるようになりました。
かつては孤独だった趣味も、ネット上で共感される喜びを得られるようになり、推し活のハードルが大きく下がったのです。
次にジャンルの多様化です。
アイドルやアニメキャラクターにとどまらず、スポーツ選手や俳優、Vtuber、ご当地キャラクターまで、推しの対象は幅広くなりました。
趣味や性別、年齢に関係なく誰もが自分の“推し”を持てるようになったことで、推し活はより自然で身近な文化として社会に受け入れられるようになったのです。
例えば、VtuberやYouTuberなどのネット配信者を推す「配信者推し」は、視聴者がコメントで参加したり、ファン同士が繋がったりできるのが特徴です。
また、アイドルグループのファン活動も、コンサートやグッズ購入だけでなく、SNSでの応援やオンラインイベント参加など活動の幅が広がっています。
さらに最近では、ご当地キャラクターや特定の地域を推す人も増えています。
推し対象のジャンルは多様化し、個人の趣味や生活に合わせて誰もが自由に"好き"を発信していける時代になりました。
こうした新しい推し文化は、単なる趣味の延長ではなく、自己表現や同じ趣味仲間との繋がり、経済活動にまで影響を与える存在になっています。
家庭との温度差も、推し活で埋められる?
現代では、"推し活"が家庭内の人間関係にも少なからず影響を与えることがあります。
例えば、自分は熱心に推し活していても、家族はその熱量についていけず温度差を感じることもあります。
「またグッズ買ってるの?」なんて小言を言われることもあるでしょう。
(私も言われたことがあります笑)
ただ!
逆に、推し活をきっかけに 家族と距離を縮められるケース も増えています。
よくある例が、義家族と趣味の話で意気投合するパターンです。
共通の推しやコンテンツの話題をきっかけに、ぐっと距離が縮まり仲良くなった!なんて嫁姑もいるそうですよ。
推し活が単なる趣味ではなく、家族との会話やコミュニケーションのきっかけになるなんてとても素敵なことですよね。
こうしたエピソードからは、推し活が単なる趣味を超えて、人間関係や家庭のあり方にまで影響を与える新しい文化であることがわかります。
"好き"でつながる時代
かつては社会から偏見を持たれていたオタク文化。
私もとあるゲームにハマってグッズを集めていた頃は、隠すつもりはなかったものの身近な人にはあまりオープンにしていませんでした。
それが今では誰もが楽しめる“推し活”へと進化しました。
SNSや多様なジャンルのおかげで、単なる個人の趣味にとどまらず、仲間との繋がりや家族との会話を生むきっかけにもなっています。
現代は、推し活を通して「好き」を共有し、世界中の人と繋がることができる時代です。
趣味を隠す必要はなく、自分の好きなものを持つことが誇りになる。
若い頃に今のような「推し活ブーム」が到来していたら、もっと充実した青春だったんだろうなぁとちょっとうらやましく思います笑
推し活は、私たちの生活や人間関係を豊かにする新しい文化として、これからも広がっていくでしょう。
みなさんも、今日からでも自分の“推し”を語ってみませんか?
清潔感から美意識へ──変わる“男性の当たり前”
こんにちは、にゃんぜりおんです!
最近、街を歩いていると美意識の高い男性をよく見かけませんか?
私は地方都市の田舎に住んでいるので、日常的に遭遇する確率はそんなに高くはないと思うのですが、それでもショッピングモールなど人が多く集まる場所に行くと「最近の男の子はオシャレだな~」と感心します。
昔は"ワイルドな男性がより魅力的"という風潮だったように感じますが、時代とともに価値観がどんどん変わってきていることを実感します。
今回はそんな「男性の美意識」に目を向けてみようと思います。
スキンケアもメイクも、今や男子の日常

昭和の時代、男性の魅力といえば「ワイルドさ」や「男らしさ」。
美容といえば整髪料で髪を整えるくらいで、日焼けした肌や汗をかいて働く姿がカッコいいとされていました。
平成になると、少しずつ「清潔感」が重視され始めます。
シャンプーや洗顔料、香水に気を使う男性が増え、雑誌でも「モテる男は身だしなみに気をつかえ」という言葉がよく登場していました。
ヘアスタイルのバリエーションが一気に増えたのも平成だったように思います。
そして令和の今では、スキンケアは当たり前。
メイクや脱毛に挑戦する若い男性も増えています。
コスメ売り場には男性用のスキンケア商品やメンズメイクコーナーが並び、実際に手に取る姿を見かけることも多いです。
美容はもはや「女性のもの」ではなく、性別を問わず“身だしなみの一部”になってきているんだなと感じます。
数十年前には考えられなかったことですよね。
なぜ美意識が高くなったのか?

では、なぜこんなにも時代とともに価値観が変化したのか。
それは多様性の広がりや、SNSや韓国アイドルの影響だと私は考えます。
韓国アイドルや美容系YouTuberの存在は大きく、メイクやスキンケアの情報が簡単に手に入るようになりました。
昔は限られた雑誌や口コミでしか知り得なかったことが、今はスマホひとつで学べる時代です。
情報が身近になったことで、オシャレは誰もが気軽に楽しめるものへ。
今では、ファッションや美容は 自己表現のひとつとして定着しています。
「誰かにモテるため」より「自分のため」に美容を楽しむ。
そんな時代の変化とともに「男はこうあるべき」という価値観から解放される男性も増えました。
見た目を整えることで自信が持てたり、気分が上がったりするのは、男女関係なく共通することですよね。
こうした背景が重なって、美容に気を遣うことが特別なことではなく「日常の習慣」として根付いてきたのだと思います。
男子の美意識、兄弟でもこうも違う!
美容男子が増えているといっても、人によって性格や考え方はバラバラ。
うちの息子たちを例に挙げると、面白いくらいに真逆です。
年頃の高校生の長男がオシャレに無頓着なのに対して、小学校低学年の次男の美意識の高さにはいつも驚かされます。
毎朝寝ぐせ直しの整髪料で髪を整え、洗顔と保湿もバッチリ、出かける前にはしっかり日焼け止めを自分で塗りたくっています。
夜、お風呂から上がると全身の保湿+洗い流さないヘアトリートメント、スキンケアもできるドライヤーで高濃度のイオンチャージも忘れません。
ファッションコーディネートのこだわりも強く、見ているだけで感心してしまいます。
年頃になったら美容にめちゃくちゃお金かけそうで今から怖いくらいです😅
正直、私なんかよりよっぽど美意識高いですよ笑
変わる男らしさ、進化する美意識
時代とともに、男性の“かっこよさ”の基準は大きく変わってきました。
昔はワイルドさや男らしさが魅力とされていましたが、いまや清潔感や身だしなみ、さらにはスキンケアやメイクまで、オシャレの幅は広がっています。
男性の美容は、単に見た目を整えることだけでなく、自己表現や自信にもつながっています。
好みは人それぞれですが、誰もが自分なりの形で楽しめるようになったこと、「なりたい自分」をプロデュースできることは、時代の大きな変化とも言えます。
これからも男性の美意識はさらに進化を続けるでしょう。
「男らしさ」の概念も変わり続け、オシャレを楽しむことは自然で当たり前のことになっていくのではないでしょうか。
女の私も、年齢という壁に抗いながら鏡の前で気合を入れなきゃですね笑